2005年度(H17年度) 赤坂勝之

みなさんこんにちは、わたしは、調布で飲食業を行なっています。お店は商店街に入っていましたが商店街自体、ほとんど活動もなく、近所付き合いしかありませんでした。
そこで、なぜわたしが青年部に入ったかを簡単にお話しいたします。
昨年度、商店街で始めてお祭りをしようと言うことになり、私と兄で青年部へ協力のお願いに行ったのがきっかけです。祭りの後、懇親会の席で青年部の方に「お兄さんは卒業になるので じゃあ、青年部に入ろうよ」と言われ、断ることを知らない私は「いいですよ」と言ってしまったのが、きっかけです。
ちなみに今回の主張者大会も断れませんでした。
そろそろわたしが本当に青年部はすごいと思った出来事をお話しします。
昨年の秋に、新潟県中越地震が起きました!地震があった日、わたしはテレビを前に、「東京が大地震じゃなくて良かったあ」と思い、正直、その後 実感はまったくありませんでした。
次ぎの日に青年部のメーリングリストに1通のメールが送られてきました。
[わたしたち調布市商工会青年部と調布青年会議所、両OB会、レスキューバイク隊の団体で、新潟県中越地震支援委員会を立ち上げました。以下の日に募金活動を行ないますので、皆さんご協力お願いいたします。調布市商工会青年部部長]。
「え?昨日の地震?」
最初は何の事だかわからずにいましたが、聞いたところ地震後、単独で支援活動せず、すぐに団体を結束し、敏速な支援体制をとっていたのです。その速さに驚き、わたしは全力で手伝おうと思いました。
まず、新潟では今、何がほしいのか情報を集めることになりました。幸い、わたしたち調布市商工会青年部は新潟県湯之谷村(現魚沼市)の青年部と交流があったので、現地にさっそく電話いたしました。しかし災害の後で電話はパンクしていた為、メールを湯之谷の部長宛てに送りました。
[この度、このような災害に見舞われましたこと心からお悔やみ申し上げます、我々調布市商工会青年部は全力でバックアップいたしますので、何か必要なものがありましたら遠慮せずに言ってください]。
「でも、混乱してメールは見てくれないだろう」と思っていましたが、返信が届きました。
[ありがとうございます。我々、湯之谷村は、幸いにも被害が少なく、さほど物資はいらないかと思われます、しかし仲間の川口町の方に被害が大きく、これから現地に入り足りない物資を聞いてきます]
「よーし連絡が取れたぞ」
しかし、その後、待てども連絡がこず、心配していたところ、メールが届きました。
[現地までの道も無く、連絡が取れなかったので返信が遅れました。現地に確認したところ、石油ストーブが欲しいとの事です]
早速石油ストーブを集めに市内に走りました。輸送や、置場など全ての準備が整い、「後は石油ストーブを連絡が入ったところに取りに行くだけだ!よし!」と思っていたところ、
[昨夜、テレビで石油ストーブが欲しいと言った所、朝になったらやまずみの石油ストーブが送られてきました!商工会館も物資で溢れかえり、物を置くところが無いので物資は中止してもらえますか?]
「まじで。」急いで手配したものを全てキャンセルいたしました。
そこで、物資よりお金を贈ることにし、本格的な募金活動に入りました。市内各所に募金箱を設置!日曜日には駅前で募金活動を行ないました。募金をしてくれた子供にはポップコーンをあげました。2日間の募金活動と募金箱の合計額は、約100万円になりました。
さて、集まった100万円をどうするか!「新潟県の口座に振り込もうよ、」と言う話がありましたが、現地に届けることにし、さっそくその件を湯之谷の部長にその連絡したところ、「2月位に現地の子供たちやお年寄りが楽しめるイベントを行なおうと思っているのでそのときに持ってきてください」との事でした。長い避難所生活で疲れた人たちに楽しんでもらおうと現地の青年部員達が考えていたのです。
そこで「ただ持っていくのでは詰まらないから現地でポップコーン配ろうよ」と言う話になりました。
そして出発の日! 新潟行きメンバー5人は、早朝4時に出発。
湯之谷村商工会に到着したのが朝8時。10時くらいからのイベントと思い5人はやる気満々でした。
そこへ湯之谷の部長が登場し、
「いや~皆さん朝からありがとうございます。では今から川口町に行って準備しに行きましょう」。
「準備?」
さりげなく一言!
「イベントは何時からでしたっけ?」
「夕方5時からですよ。」「調布の部長さんにファックスした通りですよ」
一瞬みんなの鋭い視線は部長へ注がれました。「あれ、10からじゃないの?見てよこの紙!」。よお~く、ファックスの内容を見ると17時開始とちゃんと書いてあります。
部長いわく「悪い、良く見て無かった」みな衝撃が走りました。
開き直りよし準備を手伝うか!と思い会場へ。そこへ湯谷の部長が登場し、
「では雪かきからはじめますよ。雪をどかしたらテントを張りますから」。
「えーっ!」
開始直前になると会場は氷点下の大雪にもかかわらず、一杯の人で溢れかえり、用意していたポップコーンを配りだしました。
そしてイベントも始まり舞台の上で式典が始まりました。
ようやく、青年部で協力し、集めた募金を渡せるときが来たのです。
調布の部長が舞台に上がり、持参した募金を手渡し、部長から一言話をしたとたん、会場にいた方々から感謝の言葉と目には涙が…。
その光景を見てわたしは思いました。こんなに多くの方が喜んでくれる事に参加できて幸せだと!
式典終了後、わたしたちのテントにはたくさんの町民の方が来ていただいて、また、たくさんの感謝の言葉を頂きました。今は何もお返しは出来ないけど、この気持ちは絶対忘れないと言われ、わたくしは感動をしてしまい、その場から裏へ逃げてしまいました。たいした事をしていないのに苦しい思いをしている被災者の前で涙は見せられないと思ったからです。
イベントも夜8時頃ようやくおわりに近づき、道路が通行止めになるため、私たちは少し早く帰ることになりました。
調布に着いたときは深夜0時を過ぎていました。
疲れているはずなのに家に着いても寝ることが出来ませんでした。それは、被災者の方々は非難生活の中、あの大雪の中、凄く元気にしていたからです。東京でのんびり過ごしている自分に恥ずかしくなり、寝られなくなってしまいました。
青年部は、地元だけでなく全国各地で活動できる場だと誇りに思っています。
ただ商店街に入っていただけではこの経験はできませんでした。商工会ですから商売の事だけを考えて活動するのもいいと思います。
ですが、いつ、このわたくしたちがいる東京も新潟県中越地震みたいな地震が来るわかりません。そのとき、助けてくれるのは?日本全国の商工会青年部の仲間かも知れません。今回の経験をいかし、わたくしは商工会青年部に全力で取り組んで行きたいと思います。
一生、忘れない思い出を作ってくれた、私たちの仲間のために!
ご静聴ありがとうございました。